去る11月4~5日の2日間、東京都内でメドピア株式会社主催による医療・ヘルステック分野のグローバルカンファレンス『Health 2.0 Asia – Japan 2015』が催されました。メインテーマを「テクロノジーがヘルスケアをリデザインする」と題し、アメリカやヨーロッパ、アジアにおいて医療情報に携わる研究者や政府担当者が多数登壇し、ITヘルスケア分野に関する企画公演セッションが行なわれました。今回は、セッション1日目の模様をレポートします。(取材・文:篠原義夫、脇本和洋)
■『Government 2.0 “Open Data. Open Government.”』
日本のIT医療政策を語るのは、厚生労働省政策統括官(社会保障担当)の武田俊彦氏。医療を取り巻く環境が大きく変化するなか、持続可能な保険医療システムの推進には、IT活用が必須であると強調。現状の課題点として、
1.既存の医療保険データベースが連結されていない
2.生涯の医療データが管理されていない
3.医療臨床データベースが整備されていない
4.電子カルテの標準化など、情報基盤のインフラが不十分
の4点を指摘し、問題改善には、医療データベースの拡充・連結が急務と訴えた。その一環として、2015年中には「Health IDs(医療ID)」の骨格を設計し、医療ICTの発展につなげていきたい、と述べた。
また、厚生労働省保険局医療介護連携政策課保険システム高度化推進室長の赤羽根直樹氏は、日本全国のレセプトデータや特定健診等データを格納した「NDB(ナショナルデータベース)」の活用事例を紹介。統合失調症患者の処方状況への研究活用のほか、都道府県の地域医療構想の策定においても、NDBのデータが利用されていることを明らかにした。
在日アメリカ大使館上席商務官・政治学博士Stephen J. Anderson氏は、ゲノムプロジェクトの研究成果をヘルスIT分野で活用する試みを紹介。NHS England(英国国民保険サービス)で技術戦略ヘッドを務めるPaul Rice氏は、NHSでペーパーレス化プロジェクトを推進した立場から、病院などヘルスケアを提供する場において、市民のリソースが有効活用されていない現状に触れ、テクノロジーがコミュニティーに力を与えて、市民参加型ヘルスケアを普及させることが重要であると述べた。
■『Health 2.0 and Big Data』
『Health 2.0』のメインストリームである「ビッグデータ解析」について、学術機関やIT業界、製薬業界のトッププレイヤーたちが今後の課題や展望などを議論した。
スピーカーのひとりとして登壇した日本アイ・ビー・エム株式会社執行役員研究開発担当の久世和資氏は、『コグニティブ・コンピューティング 医療への活用事例』と題し、同社が4年の歳月を掛けて開発した人工知能システム『IBM Watson』を紹介。クイズ番組『Jeopardy』に参戦した際は、テキストデータ2億ページ相当と過去問題50年分のを学習し、最強チャンピオン2人に勝利した実績を例に挙げ、IBM Watsonは人工知能システムとして「自然言語の理解」「学習機能」「根拠の提示」において、高い性能を有している点を強調した。
医療の活用事例としては、癌の症例160万種類、専門誌40誌以上200万ページなど、あらゆる癌の情報を格納したIBM Watsonが、アメリカやカナダの一部医療機関がすでに運用中であることに触れ、患者の既往症や家族の病歴などをデータベースと照合することで癌の種類を解析し、医師や患者の意思決定にも役立っている、と述べた。
創薬の現場においては、ベイラー医科大学が癌を抑制するたんぱく質「p53」に関連した酵素の特定にIBM Watsonが貢献した事例を紹介。過去30年間では年に1度程度のペースだった酵素の特定作業を、IBM Watsonによってp53関連の科学論文7万件以上を分析した結果、わずか数週間で6つの酵素を特定できたとアピールした。
■『Afternoon Pitch Competition』
独創的な製品やサービス展開で注目を集める、ITヘルスケア分野のスタートアップ5社が登場。モデレーター兼審査員は、ベンチャーキャピタルのドレイパーネクサスベンチャーズでマネージングディレクターを務める倉林陽氏。さらに審査員には、ドコモ・ヘルスケア株式会社取締役の佐藤康隆氏、アーキタイプ株式会社プリンシパルの福井俊平氏、株式会社グロービス・キャピタル・パートナーズのシニア・アソシエイト福島智史氏の3名も参加。各スタートアップ企業の代表者がプレゼンテーションを繰り広げるなか、審査員による厳正な審査が行なわれた。
優勝を射止めたのは、サイマックス株式会社代表取締役の鶴岡マリア氏。開発中のサービスは、いつもどおりの生活をするだけで健康状態を分析し、最適な健康アドバイスを提供するヘルスケア製品で、具体的にはトイレに装着して利用する小型センサーデバイスとなる。類似の先発他社製品に対しては、発見できる疾患数および使いやすさの面で自社製品がより優れているとし、個人のユーザーなら月額980円からという安価な料金で利用可能できる点をアピールした。
■『Keynote:Rishi Bhalerao, PatientsLikeMe』
基調講演では、米国の体験共有型SNS『PatientsLikeMe』のディレクターRishi Bhalerao氏が登壇。日々疾患とともに暮らす患者は「疾患のエキスパート」であり、疾患の測定や理解において、医療従事者の手助けをしてくれる存在であると強調。さらにヘルスケア業界における最大の顧客である患者の関与は、ヘルスケアのイノベーションにおいて必要不可欠である、と述べた。同氏はイノベーションの起きるフレームワークを「Progress of Innovation」として、3つのステップで表現した。
Step 1. Intuitive(直観によるトライアンドエラー)
Step 2. Probabilistic(確率を上げるパターン認識)
Step 3. Precision(正確なソリューション)
また、『PatientsLikeMe』では、患者情報の共有によって、様々な研究や治療にも貢献しているとアピール。一例として、2015年に米バイオテクノロジー企業のバイオジェンとパートナーを組んで行なっている、多発性硬化症患者の研究サポートを紹介。治療研究を目的に多発性硬化症患者の日常活動量を記録するため、患者に対してウェアラブル端末『Fitibit One』によるデータ収集をサイトで呼びかけたところ、100人枠に対して約250人もの応募があったうえ、実際に参加者の約80%以上からデータの提供があったことを例に挙げ、ヘルスケアのイノベーションにおける患者関与の意義を改めて強調した。
■『Patients 2.0』
キャスターの八木亜希子氏をモデレーターに、『PatientsLikeMe』ディレクターRishi Bhalerao氏、日本肺癌学会理事長近畿大学医学部外科学講座呼吸器外科部門主任教授の光冨徹哉氏、日経BP社広告局の山岡徹也氏、株式会社クロエ取締役CROee US,Inc.代表取締役の牧大輔氏の4名がスピーカーとして登壇。今後、患者と医療、テクノロジーの関係はどのように変化していくのかというテーマのもと、専門の立場から活発な議論を交わした。
・患者参加型コミュニティーの広がりについて
Rishi Bhalerao氏:『PatientsLikeMe』は10年前に始まったが、アメリカでも患者参加型コミュニティー普及の道のりは、いまだ道半ばと感じる。ただし、電子カルテもなかった10年前と比べると、現在では医療情報のデジタル化が進み、消費者もウェアラブル端末などで身体データを取るようになってきた。こうした変化がフックとなって、より多くの企業がヘルスケア業界に参入するようになってきている。
牧氏:クロエでは、2005年から治験の分野での情報提供をポータルサイト『オンコロ』を通じて行なっている。現在は、治験を希望する患者約67万人がサイトに登録しているが、患者同士の活発なコミュニケーションは生まれていない。こうした状況を鑑みると、日本における患者参加型コミュニティーの広がりは、いまだ『PatientsLikeMe』以前の段階と言える。
・患者にとって適正な情報とは?
山岡氏:私はステージⅣの肺腺癌患者であり、今回は患者代表という立場で参加した。アメリカの学会は患者にも広く開かれており、私が今年9月に参加した『世界肺癌会議(開催地:デンバー)』の情報も、インターネットですべてアクセスできる。一方、日本の場合には医療関係者に対しては正確な情報が届くが、患者側にはなかなか届かないという現状がある。
光冨氏:ひと言で「情報を得る」といっても、患者自身の資質も重要だ。患者によっては情報の洪水のなかで、かえって戸惑ってしまう可能性もある。また、新薬の治験はあくまで「臨床試験」であり、効果がなかったり、副作用が生じたりする場合もある。治験の情報を入手する際には、患者側でもこうしたリスクを理解しなければならない。
Rishi Bhalerao氏:『PatientsLikeMe』では、医療従事者の訓練を受けたモデレーターのチームが、患者とのディスカッションやメディカルアドバイスなどを行なっている。情報の誤用は避けなくてはならないが、ダウンサイドを恐れるだけではイノベーションは起こせない。
・『Heath 2.0』時代の新しい患者像
光冨氏:これまで医師は外来時にしか患者を診られなかったが、ウェアラブル端末などで患者の状態を24時間モニターできれば、これまで気づけなかったこともわかるようになる。患者とテクノロジーが結びつくことで生まれる情報から、医療者が新たに学べることは多い。
山岡:『世界肺癌会議』に参加した際、私は「ePatientになりなさい」というアドバイスを受けた。「e」の意味とは、
Eguipped ストレスなくインターネットを使える
Enabled患者力を持つ
Empowered周囲にも啓発して分身を作る
Engaged周囲との絆を大切にする
に加え、「Equal Partnerships in their care(医療者も含めて)関係するすべてのステークホルダーと対等な立場で治療を進める」ということ。日本においては「Equal Partnerships in their care」の実現が難しく、特にグローバルと比べて患者と医療者の関係は対等とは言い難い。もちろん、こうした条件を満たすためには、これまで以上に患者自身が自立することも必要だ。
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