10月18~19日の2日間、東京都内で『Real World Data Japan 2016』が開催されました。リアルワールド・データは医薬品事業において開発からローンチ、上市後までの全プロセスにて利用でき、部門を問わず幅広く活用できるデータとして、ここ数年動きが活発になってきました。このカンファレンスの開催も2回目となります。
今回のレポートでは両日から1講演とパネルディスカッションの模様をお伝えします。(取材・文:1日目・小松智幸/2日目・渡辺武友)
セクション 2
新たなデータ収集・分析法を把握し、RWDの利活用範囲を広げる
製薬企業におけるRWD&mHealth戦略
松井信智氏(アイ・エム・エス・ジャパン株式会社 コンサルティング&サービス シニアプリンシパル)
松井氏は、製薬企業が薬剤への付加価値として、サービスとしてRWDとmHealthを活用していく必要があるとし、自身の経験から「利用支援の拡大」、「利用データの拡大」、「データの統合解析」の3つのポイントを挙げました。また、海外と日本の違いや進め方についても言及しました。
<RWD活用の動き>
1.利用支援の拡大
7年前にRWDのビジネスを立ち上げた際、新薬のマーケティングプランにRWDを利用していた。近年は、上市(新薬が市販され、市場に出ること)の前後ではなく、もっと早いフェイズ、プランニングの段階でRWDの活用が進んでいる。
2.利用データの拡大
以前は国内のRWDを活用すれば良かったが、最近は海外のRWDを分析したいニーズがここ2年くらいで高まってきている。自分もアメリカの電子カルテデータ、保険者データ解析を進めている。
なぜ、海外のRWDが必要になるのかというと、早いフェイズで治療性評価から意思決定ができるうえ、いろんなシーンで判断材料になるため、利用が拡大している。
最近、匿名化された1億人の海外RWDデータの解析を開始した。ただ、すぐ解析に移れるわけではなく、日本のデータ以上に入ってない情報もあったり、取り扱いが難しい部分もあり、落とし穴も多い。現在はこれらを整えて解析を進めている。
アメリカのRWDデータは、リンケージが可能。例えば、匿名化された電子カルテと保険者レセプトをリンケージすることで、いろんなエビデンスが創出できる。電子カルテからは患者の詳細情報を、保険者レセプトからコスト情報を得られるので、両者の情報から継続性から費用対効果がどうなったのかを読み取れる。日本国内でも、これらを繋げることの必要性を説く団体も増えてきている。
3.データの統合解析
今後の取り組みとして、レセプト、電子カルテ、レジストリなどを局面に応じて使い分けよう、という話しが出ている。ナショナルデータベース(レセプト情報・特定健診等情報データベース、以下NDB)が出てきて、これらを組み合わせて市場全体像を可視化できないか、という相談が来ている。NDBも限界はあるが、そのなかでできることを考え始めている。
調剤データ、保険者レセプトなど多種のデータがあるが、単純にマッピングするとそれぞれに足りない情報がある。
一方でIMSでは、マーケティング関連の医師へのアンケートデータをまとめている。RWDとは無関係に思われるかもしれないが、中身を見ると、例えば糖尿病治療でBMI25以上の場合、この薬剤が有効など、有用な情報も含まれている。これらをほかのデータと併せて見ることで、RWDの価値を高めるようなことを行なっている。
<RWDとmHealthの利活用について>
mHealth分野では、活動量や血糖値測定などが注目されているが、今後は痛みを感じている患者が、日常どの程度痛みを感じているか、というようなPRO(患者報告アウトカム)を含んだものがモバイルでデータが得られる可能性があると感じている。保険者のRWDと活動量計などで測定したmHealthデータを組み合わせて、医師が解明していく動きが始まっている。
海外のmHealth事情を見ると、医師がアプリを処方する時代。日本ではアプリを医療機器化するべきだ、という議論がされている段階。この後もだんだん進んでいくだろう。
mHealth観点では、欧米と同じようには進められないので、日本なりの進め方として、
1.プラットフォームの選択
2.活用方法の検討
3.差別化機能の検討
などを挙げ、進め方の順番が大事、という考えを示した。
個人的に考えているmHealthは、活動量計などの限定的なものではなく、PRO(患者報告アウトカム)を含んだもの。ただ、なにが患者さんに受け、医療従事者に受けるのか、というは、実際にやってみないとわからない、というのが感想。
現在は、製薬企業と一緒にどこが有力なプラットフォームになるのか、を考えていて、将来的にはそこに貯まるビッグデータを活用していきたい、と思っている。
エグゼクティブ・パネルディスカッション:医療RWDの利活用と課題
モデレーター:清水央子氏(東京大学大学院 薬学系研究科 特任准教授)
パネラー:
桂 純氏(メルクセローノ株式会社 癌領域事業部 取締役 癌領域事業部事業本部長)
安達 進氏(アッヴィ合同会社 医学統括本部 本部長)
武藤正樹氏(国際医療福祉大学 大学院医療経営管理分野 教授)
松井信智氏(アイ・エム・エス・ジャパン株式会社 コンサルティング&サービス シニアプリンシパル)
1日目のパネルディスカッションでは、RWDの利活用と課題について、各分野の視点から議論が行なわれました。海外の事例や10月に公開された「ナショナルデータベース」の課題点、個人情報保護法のハードルや機微のあるデータの取り扱いなどが取り上げられました。
<現在提供されているRWDの価値と利活用の状況>
安達氏:現在取り扱っているのは、健康保険組合からのデータになるが、高齢者、また女性のデータが足りない傾向。
松井氏:現状でレセプトなどから取れないデータが多いので、mHealthで補完したい目的がある。
武藤氏:「ナショナルデータベース(以下、NDB)」が10月にオープンになったものの、内部リンケージができていないため、まだ使いづらい状態。課題は使いやすいものにしていくこと、制度環境を整備していくことが大事。また、AIとの結合も将来的な課題。
桂氏:製薬企業は、患者さんのアウトカムに対して貢献する、というビジョンを持つことがまず必要なこと。刻々と変化する環境に留まることのリスクも認識すべき。
清水氏:今後は有益なデータの集積、複数DBから必要な情報を切り出し、データテーブルに落とし込む作業、統計解析の3つの課題があると考える。
<複数DBを統合して実施したRWD活用事例は?>
松井氏:RWDではないが、弊社の薬剤売上データから、解析できるところがある。併用患者数の紐付けや、調剤レセプトデータとDPC病院データを並べて薬剤情報をキーにして推定して見ている、という事例はある。
清水氏:個人に紐付けた解析は、NDBから期待すると難しい現状があるが、わからない部分だけ拡大像として、偏りを承知で調査をかけたい場合には有効ではないか。
<NDBと商用DBとのリンケージは可能?>
武藤氏:NDBはメタボ、レセプト、調剤データなど、まずは法律を整備する必要があることからハードルは高い。が、やれないことはないと考えている。NDBの目的は、高齢者向けなど、政策的な目的が多い。韓国では住基台帳や医師データとの連結など、逆に個人情報が大丈夫か心配になるほど、活発に医療に活用されている。
清水氏:データを収集する際の障壁の話しになるが、医師側がデータを出したがらないことが多い。理由には、医療情報DB「MID-NET」へのデータ提供を行なう場合、病院のコスト負担が多い。また、個人情報の保護の問題がある。
武藤氏:現状、日本では個人情報に関する法的な問題があり、利活用にシフトしにくい傾向がある。
桂氏:セーフティーネットの必要性。業界から働きかけていく必要がある。個人情報の取り扱いには、業界で共通して知りたい情報を申請して、オープン&公平なデータの利活用ができる整備が必要。
安達氏:数の少ない疾病ではなく、国民の多くが対象となる、がんや生活習慣病などのデータをオープンにして
利活用すればメリットも大きいことを、業界団体で働きかけるのが正攻法ではないかと思っている。
<改正個人情報保護法の施行で、電子データの二次利用に対するインパクトは?>
清水氏:例えばマイナンバーは、番号を知られてしまうと大変なことになるみたいな風潮があり、これが医療に向くと、もっと大変に捉えられるんじゃないか、と思っている。その点では、医療ではこんなデータを利活用すればメリットになる、ということを発信していくこと。PHRでは、例えばTポイントをくれる代わりに、匿名化してデータを提供するなど行なっても良いと思っている。
ディスカッションを総括すると、NDBのオープンは大きな一歩。利活用するには課題があるが、全体像を見るには効果的。RWD活用のため、個人情報の取り扱いリスクを乗り越える必要性などが挙げられました。特に個人情報の取り扱いについては、来場者から「日本が超高齢化社会に来て、すでにシンプルな医療環境ではなくなっている。だからこそRWDを利活用して、多様化する患者さんすべてに役立つようにしていかないといけない、ということを政府や国民に理解してもらうのが大事だ」という提言があったのが印象的でした。
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