アイウエアの未来を作るウェアラブル『JINS MEME』
株式会社ジェイアイエヌ R&D室マネジャー 井上一鷹氏
5月に突如発表された『JINS MEME(ジンズ・ミーム)』(発売は2015年春を予定)は、メガネにセンサー機能を持ち、「疲れ」や「眠気」を可視化するウェアラブルデバイスである。
今回は『JINS MEME』の開発に携わってきた株式会社ジェイアイエヌ、R&D室マネジャーの井上一鷹氏に、モバイルヘルスの視点でどのようなことが可能になるのか、お話を聞かせていただくこととなった。(取材日:2014年6月4日、インタビュアー:渡辺武友、撮影:小松智幸)
どのように『JINS MEME』は誕生したのか?
Q:まず『JINS MEME』の企画背景から教えてください。
「株式会社ジェイアイエヌ(以下JIN)が、メガネ市場に参入したのが13年前で、当時国内の市場規模が約6,000億円でした。今は約4,000億円まで減っています。視力矯正のメガネ市場は価格が下がってきたため、市場規模が縮小してきているのです。
去年の販売本数はJINが1位で、2位の企業に対し2倍くらい差をつけることができました。このまま行けば視力矯正のメガネとしては伸びるのですが、規模的には限界があるのです。これではビジネスとして拡がりがない。そのため、視力矯正以外の“アイウエア”を作っていくことが必要だと、4〜5年前から考え始めました。そのひとつが『JINS PC®』です。普段メガネを必要としない、眼が良い方でもプロテクトする意味で『JINS PC』をかけてもらうことができました。
他にもいくつかテーマがあり、そのひとつが『JINS MEME』です。眼が良い人も良くない人も両方対象に、精神的な疲労度や眠気が検知できれば新しいアイウエアの市場が作れると思ったのです」。
Q:『JINS MEME』は今までの製品と違って電化製品になります。そのような製品を取り扱うことに会社全体として、どう乗り越えたのでしょうか?
「大きなことではありましたが、イノベーションを起こすためには着手しないとならないことでした。田中(社長)の言葉を借りると”花
札を作っていた会社が、今ではニンテンドーDSを作っている。黒電話がこの短期間でスマートフォンになった。しかし、メガネは700年前から形も機能も大きくは変わっていない。これでは良くないし、面白くない。なにかイノベーションを起こす余地がある”。
では、イノベーションとはなにか? マスマーケットのライフスタイルを変えることではないでしょうか。そう言うことができる会社になりたいのです。今年はウェアラブル元年と言われています。その潮流のなかでは、『JINS MEME』と似たようなコンセプトのものを考えている人はいると思いました。JINはパイオニアであることに重きを置いているので、先駆けて世に出したい気持ちがありました」。
Q:『JINS MEME』の企画は、どのように生まれてきたのですか?
「なにか面白い技術はないか? と、東北大学の川島先生のところに行きました。事前になにか発想があったわけでなく、ブレストから生まれました。
企画していくうえで一番大事にしたのは、“メガネから逸脱しないこと”です。700年前からメガネが変わっていないということは、700年間、世界中がこの形しか許容できなかった訳ですから。まずメガネは、シンメトリーなデザインでないと人間が許容できない。ここから逸脱したデザインは無理だと考えました。メガネの形状を明らかに変えてしまうことなく、ユーザーに心理的な障壁を与えず、なんの機能が載せられるか? その機能のなかで大事なものはなにか? を考えていくと、目の動きからその人の情報をセンシングしていくのが有用だろうと思えたのです。あらゆる情報のなかの9割が目から入ってくると言われています。その情報にどのような反応をしたか? その人の心の状態、興味や関心はどうなっているのか? 目の動きでわかることが多いのです。そのような発想を、デザイン的に普通のメガネに収めていくためには、眼電位センシングが良いと行き当たったのです」。
Q:井上さんは『Google Glass』を見た時、どう思いましたか?
「『なんでもできる』と言っている商品がデファクトになることはないだろうと思っています。キラーコンテンツを提示しないと価値が伝わらないのではないでしょうか。なにかひとつ、確実に市場があるものを提示していかないとならない、と思いました」。
Q:キラーコンテンツの話は、私もおっしゃるとおりだと思っています。今あるヘルスケアウェアラブルは、計測はできるが、その先がないものが多いのです。医療に活用するものであれば、疾病の進捗管理に役立つものになっていますが、予防領域(一般の生活として)においては、ユーザーが目的意識を持ってデータをどう使うか考えられないと役に立たないものになってしまっています。
『JINS MEME』は、計測の先のソリューション(キラーコンテンツ)を言っています。なぜこのようコンテンツになっていったのでしょうか?
「我々も見える化しただけでは意味がないと思っています。コンテンツのアイデアは、日々の活動、生活のなかで感じていたもの、疑問に持っていたことがヒントになっています。
『JINS MEME』の開発を始めた頃、関越自動車道でバス事故がありました(2012年4月、都市間ツアーバスの運転手が、居眠り運転により乗客7人死亡、乗客乗員39人が重軽傷を負った事故)。我々の力で、あのようなことが防げないか? と考えました。居眠り運転は社会問題としてはっきりしているので、防止のため、しかも法人車であれば当然、管理監督している人がいるので、疲れに合わせて休ませるなど労務管理ができる。また運転中であれば、眠りそうになった時に起こすこともできるだろうと思い、ドライブシーンで使えるコンテンツを作りました。
オフィスシーンで使うコンテンツは、我々社内でも気づけば長時間パソコンに向かうなど、疲労を溜めやすい環境にいます。働く人の多くは精神疲労、慢性疲労が起きているのではないでしょうか。この疲労をマネジメントできれば生産性は上げられると思っています」。
よりオープンな展開で可能性を最大化する
Q:『JINS MEME』は今後APIをサードパーティーに提供していく、と発表しています。JINはどこまでサービス面に踏み込むのでしょうか?
「我々が提示しているものは、ベーシックな部分だと思っています。我々だけではアプリケーションやサービスを作っていくことはできませんので、協業の可能性をより拡げるため、商品自体が発売される1年前のこのタイミングに発表しました。すでに多くの研究者や企業の方と話していますが、目の動きがわかるだけで、かなりアイデアが膨らんでいます。今後、協業先をどれだけ募れるかが、今回の事業のキーになると考えています」。
Q:協業先とは、サードパーティーすべてを指すのですか?
「一緒に事業の方向性を検討している企業と、秋に予定しているAPIの公開後に加わっていただく、様々な方の両方が協業先だと考えています」。
Q:サードパーティーがユーザーに『JINS MEME』を使ったサービスなどを提供するプラットフォームを用意するのですか?
「プラットフォームの可能性はないとは言えませんが、我々が開発者をルールで縛ってしまうことは発展の妨げになるのではないか、と思っています。我々ができるのはハードを渡し、APIを提供するまでの可能性が高いですが、現在議論中です」。
Q:『JINS MEME』の販売目標、想定価格帯など教えてください。
「目標としては、世のなかのアイウエアすべてにこの機能が入ることです。普通のメガネとしてかけられるように作ったので、この機能が入っても値段が大きく変わらない状況が作れたら、機能として入っているのが当たり前にしていきたいです。
価格はJINS店舗で売ることを想定した価格にしたいです。今の価格帯にできるだけ近づけていきたいと思っています」。
『JINS MEME』を体験
現状稼働している実機をその場で体験させていただいた。『JINS MEME』を試しながら、引き続き井上氏にお話しを伺った。
Q:見た目より、かけてみると軽いですね。普段使っているメガネより軽いのではないかと錯覚してしまいました。
眉間に触れているセンサーも、言われるまで意識することはありませんでしたし、普段からメガネをかけている人には、まったく違和感がないですね。
「ありがとうございます。そこはとても意識して開発してきました。
メガネとして掛けて違和感が無いデザイン・重さでないと、普及することは難しいと思っています。
デザインは、メガネとして日常的に使えるデザインを目指しました。
重さは、耳の部分に少し重さを持ってきたり、左右の重さを合わせたりと、全体のバランスを考えて重さの配分をしているので、持った時より掛けた時の方が軽く感じると思います」。
Q:アプリともすでに連動しているのですね。例えばオフィスシーンでの疲れの診断は、どれくらいでできるのですか?
「10分程度、使用することで判定できます。基準値を設け、そこから判定しています。現在アルゴリズムは日本人に合わせて展開していきますが、世界で展開していく時など、人種による体型の違いがありそうなら、チューニングしていきたいです」。
【プロフィール】:井上一鷹氏 株式会社ジェイアイエヌ R&D室マネジャー
1983年生まれ。慶應義塾大学理工学部卒業後、戦略コンサルティングファームであるアーサー・D・リトルに入社し、大手製造業を中心とした事業戦略、技術経営戦略、人事組織戦略の立案に従事。2012年にジェイアイエヌに入社。社長室、商品企画グループマネジャーを経て、現在はR&D室マネジャー。学生時代に算数オリンピックアジア4位、数学オリンピック日本最終選考に進んだ経験がある。
Comments are closed.