「ヘルスコミュニケーションが多くの健康課題解決に貢献する」
Director, Center for Excellence in Physician Communication, Mount Sinai Health System (USA) Yosuke Chikamoto, PhD
mHealth Watchは、昨年11月に東京で開催された『Health 2.0 ASIA-JAPAN 2015』でメディアサポートとして協力させていただいた。その2日目に登壇したYosuke Chikamoto, PhDの講演内容が話題となった。それは我々健康サービス現場に携わる者にとって、大いにヒントとなるものだったからだ(当時のレポートはこちら)。
今回すでに米国に戻っているChikamoto氏に、mHealth Watch独占インタビューとして、Chikamoto氏のこれまでの取り組み、Chikamoto氏が2015年4月まで在籍したKaiser Permanenteについてお話しを伺った。(取材日:12月9日/インタビュアー:渡辺 武友)
多くの医療現場、職域におけるコミュニケーションのあり方を追求してきた30年
Q:Chikamoto先生の経歴を教えてください。
渡米してすでに25年になりますが、それ以前から話しますと、早稲田大学第一文学部を卒業後、同大学大学院で心理学の修士課程を修了しました。ただし早稲田には医学部がなかったため、日本大学医学部の心療内科で臨床心理士としての研修を受け、その後、日大の心療内科で助手として、また獨協医科大学の越谷病院小児科では講師として、心理療法に携わってきました。
その後渡米し、ペンシルバニア州立大学にて健康教育学で博士号を取得しました。私が専門としたのは健康教育で、その中でも特に職域における従業員の健康管理に注力してきました。スタンフォード大学に移ってからの7年間は、ヘルスプロモーションやウエルネスと呼ばれるものを、職場を対象に取り組んできました。また日本から来た企業の方々や大学の研究者の方々と一緒に、こちらのノウハウを日本にどう持っていけるかも検討してきました。
当時はIT企業と一緒にプロダクトを作るなどもしてきましたが、その中でヘルスコミュニケーションがとても重要な役割を果たすことを実感しました。どういったコミュニケーションの仕方が人々の健康行動変容へのモチベーションを高めるか? どのような心理的レディネスのアセスメントをすると、その人のレディネスにあったメッセージを提供できるか? つまり、今日のヘルスプロモーションでは標準となっているメッセージの『テーラリング』について試行錯誤を重ねていました。
その当時、米国のヘルスプロモーションの現状を見ていると、行動科学についてしっかりと理解して取り組んでいる例がとても少ないと思いました。スタンフォード大学時代に、ヘルスプロモーションに取り組む専門家を対象にワークショップなども数多く行ないましたが、その程度ではスキルとして身に付けることは難しいと感じました。大学で系統的に集中的に取り組むような教育をしないと、心理学や行動科学は身に付くものではないと思いました。
そこで2000年にスタンフォード大学を離れて、カリフォルニア州立大学フラトン校へ、続いてワシントンDCにあるアメリカンユニバーシティに招待され教職に就き、学部生、大学院生を対象に、行動科学に基づいたヘルスプロモーションの教育に携わりました。
その後、ウエルネスサービスのベンダーであるヘルス・フィットネスコーポレーションや、テネシーにあるブルーシールド&ブルークロスというヘルスプラン、Keenan & Associatesという福利厚生のコンサルティングを提供する会社で、リアルワールドでの実践的試みを行ない、その後Kaiser Permanenteに移ったような次第です。
Kaiser Permanenteでは、主にドクターの健康管理をどう行なうべきかの仕事をしていました。実はドクターはかなり孤独な職業なのです。患者とはいつも会っていますが、横のつながりはほとんどありません。勤務時間もとても長いので、なかなか社会的な交流もできない。そのため自殺率も高く、アルコール依存や薬物依存にもなりやすい、という統計があります。Kaiser Permanenteには、そのような問題を抱えたドクターをサポートする部門はあったのですが、予防策を構築することを求められました。
ドクターを対象として彼らのニーズの特性を調査したところ、一般的に広まっているウエルネスも、もちろん大切ですが、それ以上に大切なこととして、患者とのコミュニケーションが、ドクターのウェルビーイングに大きな影響を与えることがわかりました。
人の命を救うといった使命感を持って、ドクターになった人が多いので、患者の診察をしている際に、自分が意義あることをしている、患者のためになっていると思えている時は良いのですが、必要がないのに「MRIをしてほしい」と要求されて断れなかったり、断ったとしてもその患者との関係がぎくしゃくしてしまったりすると、その医師の1日が台無しになってしまうことがあります。そのようなメンタル面のサポートとして、コミュニケーションのトレーニングを取り入れることにしました。
コミュニケーショントレーニングの他の例には、Health 2.0のカンファレンスでもお話ししましたが、コンピュータが診察室へ導入されたことに伴う患者とのコミュニケーションのチャレンジに対するものもあります。コンピュータをどのようにうまく患者に紹介するか、コンピュータにデータ入力する際に患者とのアイコンタクトが維持できない場合にどのように患者に接するかなどのコミュニケーションスキルを学んでもらいました。
Q:ヘルスプロモーションは日本国内でも、データヘルスの動向もあり、注目を集めています。特に若手従業員へのヘルスプロモーションが課題になってきているようです。今までの研究で、若手従業員へ効果的なアプローチはあったでしょうか?
年をとると体に影響が出やすくなるので病気がより身近になってきて、やる気につながりやすいですが、若い人は目先に健康課題がないので難しいですね。重要なのは、どんな行動をターゲットとすべきかについて考えることだと思います。栄養指導なのか、運動なのか、それとも、もしかすると、仕事が楽しいと思えるようにすることなのかもしれません。その辺りが曖昧になっているケースが多いと思います。
ヘルスプロモーションを専門とする人達は、なんとなくヘルスプロモーションすれば、すべてが解決すると見がちです。会社などの組織には、なんらかのミッションがあります。病院で言えば、患者のヘルスアウトカムを向上すること、または患者の経験(米国では「Patient Experience」と呼ばれ、最近注目を集めています)を高めることです。このようにミッションがはっきりしたところで、若い人たちがそのミッションに対して貢献していると思えるか? を見ていく必要があります。仕事に対して生きがいを感じられないと、元気がなくなってきます。そんな気持ちでは、出社の前に少し歩きましょう、食生活には気をつけましょう、と言われても、そんな気にはならないでしょう。
私自身もスタンフォード時代には、「運動をやりたい」と思わせるためにはどうしたらいいか? 興味を持たせるためにはなにをすればいいか? と考えていましたが、そのような断片的なものを見るのではなく、職場でのウエルネスでは「そこで仕事する意味はそれぞれの人にとって何なのか?」を最初に考え、目的を定めていく必要があると思っています。
「テーラリング」と言う方法は先にもお話しましたが、その人の持っている興味に合わせた形でメッセージを出していく方法です。例えば、タバコを吸っている人に対して、まず質問として「今までにやめようと思ったことがあるか?」、「やめようとしたことがあります」、「何回やってみましたか?」、「3回くらいかな」、「その時なにが起きましたか?」という風に聞いていき、その人に合った形でのメッセージを見つけていきます。
最近は、このアプローチだけでは足りないと思っています。テーラリングは、対象者が住んでいる世界の中に限って、なにが重要かをもとに何らかのメッセージを出していきますが、その人の目を他の世界に向けていくようなサポートはできないのではないか、という考え方です。パースペクティブの変換が起きてこないんですね。
ミシガン大学にテーラリングで有名なVictor Strecher博士がいるのですが、彼もテーラリングの効果に対して疑問を感じています。今までのやり方と違った、今まで考えていた常識を180度変えてあげるような、トランスフォーマティブエクスペリエンスを経験できるように、ヘルスプロモーションをやっていかないといけないのではないでしょうか。
Kaiser Permanenteの他と違う特長
Q:Kaiser Permanenteでのドクターの健康管理におけるコミュニケーションのトレーニングには、テーラリングのような手法を使うのですか?
テーラリングというよりも、むしろ、ポジティブ心理学やヒューマニック心理学などのアプローチに基づいたヘルスコーチングのような手法を頻繁に用いてきました。テーラリングに基づく場合には、ドクターが、どういうところに興味を持つか、その興味によって私がメッセージをテーラリングしてドクターに提供していくことになります。でも、ポジティブ心理学などの研究によると、実はもっと大切なのは、動機づけや特定のコミュニケーションの手法などが、それぞれのドクターから自発的に出てくることだとされています。そうでないとなかなか身に付かないし、長続きしないのです。自らのこととして取り込んでもらうには、コーチングのようなコミュニケーショントレーニングが必要になるわけです。患者にどう伝えたいと思っているか? それをやるためにどういうやり方があるのか? をそれぞれのドクター自ら引き出すことが大切なのです。
Q: Kaiser Permanenteは、オンライン情報の利用率が高いことで有名です。会員910万人のうち、490万人が『My Health Manager(オンライン健康管理プラットフォーム)』を利用していると言われています。ここまで利用率が高いものは他では見受けられません。なぜKaiser Permanenteはこんなにも利用率が高いのでしょうか?
一番大切なのは、実際に役に立つものを提供しているということだと思います。人が使いたいと思うものを提供しているわけです。例えば、アポイントメントを取るのに、Webでログインすると、会いたいドクターのアポイント状況がすぐにわかったり、ドクターは誰でもいいからすぐに見てほしい時には、そのようなアポイントメントがすぐ取れるなどの利便性が即利用につながるのです。実は米国では、まだそこまでできるものは少ないのが実状で、まだ導入期と言えるでしょう。Kaiser Permanenteはそれをかなり前から導入しています。
運動の情報や健康的な食生活に関する情報などは、患者にとって重要ではあるものの、切迫性はありません。即座に必要だとは思われないわけです。そこで大切になるのは、健康情報の源として信頼されているドクターの役割です。ドクターがWebサイトについて具体的にどこのページを見ると何々のことがよくわかる、とか、Webサイトについて積極的にポジティブな側面を強調して患者にその利用を勧めるわけです。クリニックにいるレセプショニスト、メディカルアシスタントなど、スタッフ全員がWebサイトのどこかにバリューを見出していて、それを患者とシェアしていこうとする。Webサイトを使うスタッフ側にも利便性が見られることが大切なのだと思います。そうすると、患者に対するWebサイト利用促進に向けて、数多くのタッチポイントが可能になるわけです。
Q:現場とITがすごく連携しているのですね。しかし、通常ドクターに「これをやってください」、「それをやってください」と言っても難しいのではないでしょうか?
Kaiser Permanenteがうまくできている理由は、実際にWeb上にある情報を患者が使うことで、ドクターの指示がよりうまく伝わるようになると、ドクターが実感していることです。
もうひとつは、Kaiser Permanenteはスタッフ型のHMO(ヘルスメンテナンスオーガニゼーション)の典型的例なので、ドクターはKaiser Permanenteの中で、Kaiser Permanenteの患者に限って診ています。そういうシステムになっているので、Kaiser Permanenteのメディカルグループとして「こういうことをやります」と言った時の結束力が強いのです。
例えば、CignaやHumanaなどのヘルスプランは、いろいろなドクターと契約を結ぶので、ヘルスプラン側が「一生懸命サイトを使ってください」と言っても、ドクターは複数のヘルスプランと契約を結んでいるので、なかなか密接にやっていくための足並みが揃いにくいのです。
Q:現在はMount Sinai Health Systemに在籍されていますが、そちらでは、どのような取り組みをしていくのですか?
東海岸の方はトラディショナルな医療が残っています。つまり、「医者の言うことを患者は聞くもの」といったものです。ただ、最近になって、ペイシェントエクスペリエンスの動きの中で、医師患者間のコミュニケーションにも目が向いてくるようになってきました。Mount Sinaiがニューヨークにおける医師患者間コミュニケーションの先駆者になるように、立ち上げの段階から関われるということでニューヨークに移ってきた次第です。
Q:日本では今後、なにかプロジェクトに参加したり、講演などを行なう予定はありますか?
具体的な予定は今のところありませんが、アメリカにおける25年間の経験が日本で役立つことがあれば、できる限りやりたいと思っています。ただし、なにかのついでに一度きりの講演などをしても、あまり実際の成果に結びつくとは思えませんので、その目的、環境に合わせ、主催者側としっかり準備して系統的に取り組むようにしていきたいと思っています。
【プロフィール】:Director, Center for Excellence in Physician Communication, Mount Sinai Health System (USA) Yosuke Chikamoto, PhD
早稲田大学第一文学部心理学専修卒業、同大学院修士課程心理学専攻修了。ペンシルバニア州立大学より健康教育学博士号(PhD)取得。米国において、ヘルスコミュニケーション、健康教育、ヘルスプロモーションの領域で25年にわたる経験を持つ。現在は、ニューヨーク市に基盤を持つIcahn School of Medicineと7つの病院からなるMount Sinai Health Systemで、医師のコミュニケーションスキルトレーニングのイニシアチブの立ち上げに従事。
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